第4回 対話フェスティバルFukuoka・8月マンスリー
プログラム❶ 基調ワークショップ
「人生を左右する“選択するチカラ”とは」
~対話でひらく、人生の選択肢~

ファシリテーター : 岩永真一氏 (福岡テンジン大学 学長)
2026年8月2日(日) 10:00-12:00
福岡市国際会館 国際交流フロア 第一会議室

人生の選択肢は、「問い」と「対話」から生まれる

2026年8月2日、「第4回 対話フェスティバルFukuoka・8月マンスリー」の最初のプログラムとして、基調ワークショップ「人生を左右する“選択するチカラ”とは~対話でひらく、人生の選択肢~」を開催しました。

ファシリテーターは、福岡テンジン大学学長で、対話ファシリテーターとして活動する岩永真一氏。参加者が講師の話を一方的に聞く講演ではなく、自分の中にある「問い」を見つけ、他者と語り合いながら新しい見方を生み出す、体験型の2時間となりました。

当日は、熊本地震の影響により午後のプログラムが中止となる中での開幕でした。
福岡デンマーク協会の松本幸子理事長は、被災された方々へのお見舞いを述べるとともに、

対話は、困難な時だからこそ人と人を支え、希望を育む力になる

との思いを伝えました。

この言葉は、その後のワークショップ全体にも通じる出発点となりました。

まず、「安心して話せる場」をつくる

岩永氏が最初に行ったのは、説明でも講義でもなく、参加者全員が立ち上がって行うワークでした。

課題は、「言葉を使わず、身振りだけで誕生日順に並ぶ」ことです。

参加者は互いの動きを読み取りながら、短時間で誕生日順の列をつくりました。その並びをもとにグループを編成し、各自が「今日呼ばれたい名前」と、「なぜ参加したのか」「今日の時間に何を期待しているのか」を共有しました。

この導入が優れていたのは、いきなり難しいテーマについて話させるのではなく、身体を動かす小さな協働から始めたことです。

初対面の人同士でも、一緒に一つの課題に取り組むことで自然に緊張がほぐれます。さらに、自分の参加理由を言葉にすることによって、一人ひとりが「今日、自分は何を持ち帰りたいのか」を意識できました。

同時に、わずかな自己開示によって会場には、

「ここでは自分の考えを話してよい」
「違う意見を出しても大丈夫そうだ」

という安心感が生まれました。

岩永氏は、福岡テンジン大学の授業でも、開始直後に参加者同士が話す時間を設けていると説明しました。知らない人が集まった場でも、自分のことを少し話し、お互いの参加理由を知るだけで、空間は穏やかになります。

対話の内容以前に、対話できる空気をどのようにつくるか。

その大切さを、参加者は説明ではなく、実際の体験として理解していきました。

人生は、大きな決断よりも小さな選択で動いている

ワークショップの中心となったのは、人生を左右する選択は、進学、就職、結婚、転職といった大きな決断だけではないという視点です。

たとえば、最初のワークで誕生日順に並ぶ位置が少し違えば、その後に入るグループの顔ぶれも変わります。グループが変われば、出会う話や、そこで得る気づきも変わります。

人生も同じように、日常の何気ない選択の積み重ねによって、出会う人や得る経験が少しずつ変わっていきます。

しかし、私たちは日々の選択をすべて意識しているわけではありません。むしろ多くの場合、周囲の環境、習慣、その時の感情などに反応しながら、無意識のうちに選んでいます。

そこで重要になるのがワークショップの中心となったのは、人生を左右する選択は、進学、就職、結婚、転職といった大きな決断だけではないという視点です。

たとえば、最初のワークで誕生日順に並ぶ位置が少し違えば、その後に入るグループの顔ぶれも変わります。グループが変われば、出会う話や、そこで得る気づきも変わります。

人生も同じように、日常の何気ない選択の積み重ねによって、出会う人や得る経験が少しずつ変わっていきます。

しかし、私たちは日々の選択をすべて意識しているわけではありません。むしろ多くの場合、周囲の環境、習慣、その時の感情などに反応しながら、無意識のうちに選んでいます。

そこで重要になるのが、自分にどのような問いを投げかけるかです。

たとえば、仕事をなかなか覚えないアルバイトを見て、
「なぜ、この人は仕事ができないのか」
と問えば、不満や批判に意識が向かいます。

一方で、
「この人が仕事を上達させ、仕事を好きになるために、自分に何ができるだろう」
と問い直せば、自分の側にも新しい行動の選択肢が生まれます。

同じ人、同じ職場、同じ出来事であっても、問いが変われば、見える未来と次に取る行動が変わります。

満員電車の例も紹介されました。ただ「苦しい」「早く降りたい」と考えるのか、それとも「この中に何か面白いものはないだろうか」と周囲を観察してみるのかで、同じ時間の経験は変わります。

問いは、困難な状況を魔法のように消すものではありません。しかし、状況に対する自分の立ち位置を変え、これまで見えていなかった選択肢を開く力を持っています。、自分にどのような問いを投げかけるかです。

たとえば、仕事をなかなか覚えないアルバイトを見て、
「なぜ、この人は仕事ができないのか」
と問えば、不満や批判に意識が向かいます。

一方で、
「この人が仕事を上達させ、仕事を好きになるために、自分に何ができるだろう」
と問い直せば、自分の側にも新しい行動の選択肢が生まれます。

同じ人、同じ職場、同じ出来事であっても、問いが変われば、見える未来と次に取る行動が変わります。

満員電車の例も紹介されました。ただ「苦しい」「早く降りたい」と考えるのか、それとも「この中に何か面白いものはないだろうか」と周囲を観察してみるのかで、同じ時間の経験は変わります。

問いは、困難な状況を魔法のように消すものではありません。しかし、状況に対する自分の立ち位置を変え、これまで見えていなかった選択肢を開く力を持っています。

「違和感を手放さない」ことが人生を面白くする

岩永氏が大切にしているのが、「違和感を手放さない」という姿勢です。

日常の中で、

「なぜだろう」
「以前と何か違う」
「どうして、こうなっているのだろう」

と感じたとき、その感覚を流さず、できるだけ言葉にしてみる。そこから問いが生まれ、調べ、考え、誰かに聞くという行動につながります。

その例として紹介されたのが、福岡名物として定着した「ごまさば」でした。

岩永氏は、以前は今ほど一般的なメニューではなかったはずなのに、いつから福岡名物として広く知られるようになったのかと疑問を持ちました。

そこで、関係者に聞き、資料を調べ、分かったことを自分のブログにまとめました。その結果、後に福岡市役所を通じて、テレビ番組の制作側から問い合わせを受けるまでになったそうです。

始まりは、居酒屋のメニューに対する小さな違和感でした。

しかし、その違和感を問いに変え、調べ続けたことで、地域文化を掘り下げる知識となり、思いがけない人や機会との接点になりました。

この話は、

「最初から立派なテーマを探さなくてもよい」
「日常の小さな疑問が、自分の世界を広げる入口になる」

ことを、参加者に分かりやすく示しました。

会場にあったペットボトルも、その場で教材になりました。

なぜ、飲料によって容器の形や厚みが違うのか。高級感を表すためなのか、持ちやすさや資源削減のためなのか。目の前のものを観察し、自分なりの仮説を立て、調べてみる。

問いを持つ習慣は、何気ない日常を学びの場に変え、探究心や教養を育てます。そして、その積み重ねが、将来の仕事や人との出会いなど、思いもよらない人生の選択肢につながる可能性があります。

デンマークの幸福と「対話する力」

ワークショップの途中では、福岡デンマーク協会の中村正雄から、「デンマークの幸せは対話力から」をテーマに話題提供を行いました。

ブータンが幸福度No.1とデンマークの幸福度では、評価する項目が違う。
日本と差がでる項目は、人生の選択の自由、寛容性、社会の透明性の項目にある。これらの項目は、制度づくりや文化の違い出て行くる。日本人が幸福度として意識しない項目でもある。

デンマーク人は制度作りが上手。
市民が対話を通じて「どのような社会をつくりたいか」を考え、参加し、制度や暮らしを少しずつ変えてきた歴史があります。

自分の意見を言えること。
言ったことが誰かに受け止められること。
参加することで、何かが変わっていくこと。

日本のお任せ民主主義との違いが、制度に差が生じています。

また、対話と会話の違いを問いました。対話は、会話や雑談とは異なり、一定の目的を持って話す営みであると整理しました。

異なる意見のどちらかが勝つのではなく、双方が重なれる「グレーの合意」を探すこと。そして、互いの発想を重ね、一人では生み出せなかった新しい考えをつくること。
この「合意形成」と「イノベーション」が、対話によって生まれる成果です。

対話に必要な力として、次の「3つの力」も紹介しました。

  1. 人間関係や立場に縛られず、フランクに話す力
  2. 相手の考えを聞くだけでなく、受け止める力
  3. 相手の話を受けて、自分も変わっていく力

特に大切なのは、自分は変わらず、相手だけを変えようとしないことです。互いに少しずつ動くことによって、初めて新しい重なりが生まれます。

この話題提供によって、「選択する力」と「対話」が、別々のテーマではなく一つにつながりました。

自分への問いによって、自分の中の選択肢を増やす。
他者との対話によって、自分一人では見えなかった選択肢を増やす。

人生の自由度とは、単に用意された選択肢が多いことではありません。自分や他者との対話を通じて、選択肢そのものをつくり出せることではないかという視点が見えてきました。

対話は、組織の中でも人の選択肢を守る

岩永氏は、対話が企業や組織でも重視され始めている理由にも触れました。

職場を辞める人の中には、「言っても無駄」という感覚が積み重なり、やがて「ここにいても無駄」という思いに至る人がいます。

その初期段階で、言いたいことを安心して話し、互いに受け止められる場があれば、本人も組織も別の選択肢を考えることができます。

また、異なる経験や発想を持つ人が対話することで、これまでにないアイデアが生まれ、仕事の進め方や組織のあり方を変える可能性もあります。

対話は、単に職場の雰囲気を良くするためのものではありません。人が辞めるか我慢するかという二者択一に陥る前に、別の選択肢をつくるための実践でもあることが示されました。

問い方が変わると、選択が変わる

後半では、臓器提供への同意率が国によって大きく異なる事例が紹介されました。

違いを生んでいたのは、必ずしも国民性や文化の差ではなく、申請書の問い方でした。

「提供する意思がある場合に印を付ける」のか、
「提供しない意思がある場合に印を付ける」のか。

その初期設定の違いによって、多くの人の選択が変わっていました。

私たちは、自分で十分に考えて決めているつもりでも、実際には提示された問いや、その場の環境に反応していることがあります。

だからこそ、自分に投げかける問いを他人任せにせず、自分でつくることが重要になります。

「自分は、本当は何をしたいのか」
「なぜ、そう感じたのか」
「別の見方はないだろうか」
「相手の立場から見ると、どう見えるだろうか」

と問い直すことで、無意識の反応から少し距離を取り、自分の人生に新しい選択を持ち込むことができます。

一人ひとりが「無意識をつかまえる問い」をつくる

参加者は、一人につき三つ以上、「これまで無意識に過ごしてきたことを意識化する問い」を考えました。

正解も不正解もなく、身近な疑問でも、自分自身に向けた深い問いでも構いません。

なかなか思いつかなければ、席を立って他の人の問いを見てもよい。スマートフォンで調べてもよい。問いの大小を比べる必要もない。

この自由な進め方によって、「立派な問いを出さなければならない」という緊張が取り除かれました。

その後、グループ内で全員の問いを共有し、対話を通じて、「面白い」「さらに考え続けたい」と感じる問いを三つ選びました。

参加者の違いが、問いの世界を広げた

各グループから発表された問いは、驚くほど多彩でした。

  • 知らない人に話しかけるハードルが高くなったのはなぜか
  • 子どもたちに喜ばれる死に方とは何か
  • 日本人にとって信仰の対象とは何なのか
  • 自分の感情と相手の感情のどちらを優先するのか
  • 本当に自分がやりたいことは何なのか
  • なぜ、そうなのか
  • 無意識と意識の違いはなぜあるのか
  • 右利きと左利きの人がいるのはなぜか
  • 世界にさまざまな言語や国境があるのはなぜか
  • 理不尽な出来事に対する、自分なりの解決法は何か
  • なぜ人は他者と比べるのか

日常生活、子育て、仕事、老い、宗教、社会、身体、言語まで、問いは大きく広がりました。

一人で考えていれば、自分の関心や経験の範囲にとどまりがちです。しかし、年代も背景も異なる参加者の問いを聞くことによって、

「そんな見方があるのか」
「自分にはなかった発想だ」
「その問いについて、自分も考えてみたい」

と、新しい世界が開かれていきました。

さらに良かったのは、出された問いを単に多数決で選ばず、なぜその問いが気になるのかを互いに話し、グループとして三つにまとめた点です。

そこでは、自分の問いを説明する力、相手の問いを受け止める力、他者の意見によって見方を変える力が必要になります。

つまり、福岡デンマーク協会が示した「対話の3つの力」を、その場で実際に使う構成になっていました。

自分と相手の「あいだ」に立つ

終盤、岩永氏は、対話をするときに大切なのは、自分か相手のどちらか一方に重心を置き過ぎないことだと話しました。

自分側に重心を置き過ぎれば、相手を振り回すことになります。反対に、相手側に重心を置き過ぎれば、自分が振り回されます。

対話を成立させるには、自分と相手の「あいだ」のどこかに視点を置き、両方を眺める必要があります。

これは、他者との対話だけでなく、自分自身との対話にも当てはまります。

感情の中に完全に入り込むのではなく、

「なぜ今、自分は腹が立っているのだろう」
「この気持ちは、どこから来たのだろう」

と、少し離れた場所から自分を見てみる。

その小さな距離が、感情に反応するだけではない、次の選択を可能にします。

また、子どもは、大人が当たり前として見過ごしていることに、「なぜ」と問いかけます。

大人になることは、疑問を持たなくなることではありません。誰の中にも、初めて世界を見る子どものような部分が残っています。

その感覚を隠すのではなく、大切にすること。素朴な疑問を恥ずかしがらず、自分の中にいる「もう一人の自分」が投げかける問いに耳を傾けることが、人生を動かす力になります。

最後に参加者は、

「今日、何を学び、何を持ち帰るのか」

をグループの中で共有しました。

ワークショップの最後まで、講師のまとめだけで終わらず、一人ひとりが自分の言葉で学びを確認したことにも、大きな意味がありました。

このプログラムの特に良かった点

このプログラムの最大の良さは、「対話の大切さを説明する場」ではなく、「対話によって自分の選択肢が増える瞬間を体験する場」になっていたことです。

第一に、参加者全員が話す仕組みがありました。

講師だけが話し、参加者が受け身で聞く時間ではありません。導入の自己紹介、個人での問いづくり、グループ対話、全体発表、最後の振り返りまで、全員が考え、話し、聞き、まとめる役割を持ちました。

第二に、抽象的なテーマを日常生活に下ろした点です。

「人生」「選択」「対話」という大きな言葉を、ごまさば、ペットボトル、満員電車、子どもの疑問、職場での感情といった身近な例から考えました。そのため、参加者は自分の暮らしに置き換えやすく、明日から自分に投げかけられる問いとして持ち帰ることができました。

第三に、ファシリテーションが参加者の自由を守っていました。

「正解はない」
「何を書いてもよい」
「思いつかなければ、人の問いを見てもよい」
「遅れて参加しても、まずは聞くだけでよい」

と繰り返し伝えられ、参加者に無理をさせない設計になっていました。

その安心感があったからこそ、子育て、死、信仰、理不尽さ、人との比較、自分の本音など、普段は話しにくいテーマまで自然に出てきたのだと考えられます。

第四に、福岡テンジン大学の場づくりと、福岡デンマーク協会が培ってきたデンマークの対話観が、無理なく結びついたことです。

岩永氏の「問いによって無意識の選択を意識化する」という視点と、協会の「フランクに話す・受け止める・変わる」という対話の3つの力が重なり、個人の人生と社会の幸福をつなぐプログラムになりました。

閉会時のまとめでも

全員が参加し、自分の意見を出し、グループの人の話を聞き、最後に一つの形へまとめていた。これこそが対話ではないか

と評価されました。

今回の成果は、参加者全員が同じ結論に到達したことではありません。

それぞれが違う問いを持ちながら、その違いを持ち寄ることで、会場に来た時よりも多くの見方と選択肢を持って帰ることができたことです。


人生を左右する「選択するチカラ」とは、用意された正解を早く選び取る能力ではありません。

目の前の状況を当たり前として受け入れるのではなく、違和感をつかまえ、自分に問いを投げかけ、他者と対話しながら、まだ見えていない選択肢をつくり出す力です。

今回の基調ワークショップは、その力を参加者一人ひとりが実際に動かしてみる、対話フェスティバルの幕開けにふさわしいプログラムとなりました。

【番外編】

終了後にしばらくして残っていた人たちが、「ランチ会をしよう!」との声がどこからとなく発せられました。
その提案に惹かれた人たちが、中州川端商店街へ
ここでも、盛り上がりました。

※終了後に直ぐに帰られた方には、声が届かず、申し訳ありませんでした。

end