会員エッセイ『デンマークからヒント』Vol.01
##はじめに
コペンハーゲンの街路に、夕暮れの柔らかな光が差し込む。時計は16時を指し、自転車で帰宅する人々の姿が溢れている。残業する人の影はない。この光景に、私は衝撃を受けた。
デンマークに関心をもったのは、政治家を目指していた時に「幸福度」のワードだった。幸福度世界一の国、デンマーク。その秘密を探るため、私は3年連続でこの国を訪れた。そこで出会ったのは、楽園ではなく、地味で真面目な努力家たちだった。彼らの国は、日本と似て非なるものだった。
最も印象的だったのは、彼らの制度設計の巧みさだ。明確な目標を掲げ、それに向かって柔軟に制度を変更していく。そして、その過程を国民全体が注視している。80%を超える投票率が、その関心の高さを物語っている。
##「8-8-8」運動
デンマークの働き方改革の根幹にあるのは、19世紀末から続く「8-8-8」の精神だ。仕事、休息、自由時間をそれぞれ8時間ずつに分ける。この単純明快な考え方が、彼らの生活を支えている。
## 労使協定と高所得
日本では労働基準法により国が企業に勤務時間、休憩時間を義務化。デンマークは企業ごとに経営側と労働組合との協議で決め、労働者の権利としている。残業なしで朝はリフレッシュした状態で効率的な仕事に取り組む。経営者と労働組合の考えが一致する。
驚くべきは、この働き方で日本の約2倍(円安時)の所得を実現していることだ。その秘訣は、ニッチ分野での高収益型ビジネスモデルと、労使一体となった経営会議の取り組みにある。職業別労働組合は、経営会議に参加だけでなく、全国共通の同一労働同一賃金、職業学校や失業保険の運営など多彩な役割を担っている。
ジョブ型雇用、企業間シェアリング、フラット組織。これらの施策も、残業ゼロでも高収益を生み出す仕組みを作り上げている。
##仕事の進め方
個人の目標達成に向けて綿密な計画を立て、上司や同僚と徹底的に議論する。1年後、1か月後、1週間後のゴールを明確にし、やることをタイムスケジュール化する。それに沿って仕事を進めるので、その日の仕事内容が決まっており、突発的な残業は、この仕組みの中では起こりにくい。
## 日本での実践に向けて
デンマークの制度をそのまま日本に持ち込むことはできないだろう。しかし、その本質の効率的な仕事と豊かな生活の両立は、私たちも追求できるはずだ。
私は今、福岡デンマーク協会で、この学びを多くの人と共有する活動を続けている。バックキャスティングの手法を用いたり、職場でのシェアリングを提案したりと、参加者それぞれが自分事として捉え始めている。
「デンマークからヒント」は、私たちに新しい可能性を示してくれる。仕事と生活の調和、そして真の豊かさとは何か。その答えを探る旅は、まだ始まったばかりだ。この旅を通じて、私たちは自分たちの働き方、そして生き方を見つめ直すきっかけを得られるのではないだろうか。
<筆者紹介>
中村 正雄 Masao Nakamura
福岡デンマーク協会理事 熊本県 南関町議会議員
※NPO法人 くまもと地域自治体研究所発行「暮らしと自治くまもと」2024年9月号へ投稿した文を元にしています。